激闘!西郷どん!

ようやくNHKドラマ「西郷どん」が幕末モードに入ってまいりました!

7月22日放映分はついに戦闘シーン「禁門の変」でごわす!

幕末の西郷隆盛の闘いの似顔絵(にがおえ)

いままでニコニコ爽やかな不動産の営業マンみたいだった鈴木亮平西郷さん。今度こそ幕末の鬼へと覚醒か!?と期待しておりますです!

NHK大河ドラマスペシャル るるぶ 西郷どん (JTBのムック)さん。

先週の予告ではついに甲冑カブトを身につけて「チェストおおおおお!」と叫んでいました。どうやら今までの西郷さんとは表情や肝の据わり方が違うみたいです。

ちぇすと…不思議な言葉ですが、意味は「頑張るぞう!お~!」の薩摩言葉。起源は諸説あるようです。

今まで潜伏していたような西郷がついに幕末の主流、スターダムに乗り上げる展開。日曜の放送にワクワクしますね!

禁門の変とは

この1週間の京都の暑さはすごかったですね。(かった、と過去形にしてますが、今現在も戸外は37℃超え)「応仁の乱」以来の京都の危機だといわれています。(←うそwです)

暑さ収まらぬ日本列島。どうか身体を大事にしてください。

この「応仁の乱」というのも京都特有のギャグですよ。あの京都人は先の戦争といえば第二次世界大戦でもなく、「応仁の乱」どすえ、というやつ。京都人のギャグの一つです。「ぶぶづけ」と同じ。

しかし、本気で京都にとっての「先の戦争」というとき、この禁門の変を実質的にはさします。

京都御所・蛤御門
現在は場所を移している。京都御苑の蛤御門。戦闘の跡が門にはある。

それほど京都は焼野原になったんです。あの本願寺は西も東も焼けてしまうし、現在行われている祇園祭。そのシンボルである山鉾も多く燃えてしまい、いまだ再興ならずの山鉾町もある。

どんどん焼きともいう京都の大火が禁門の変

「どんどん焼き」ともいいます。どんどん、とは鉄砲や大砲の音の意味。平和な京都にそういう音が鳴り響き、火事になってしまったのだからいかに恐ろしい出来事だったか。

つまり内乱が京都のど真ん中で起こり大火事になってしまった。

市中のほとんどが焼けてしまった。あまりの荒廃ぶりに、明治期の首都が京都か大阪か東京かどれにするか、という議論が起こった。天皇の住処である京都が首都になるのが順当な考え方ではあります。しかし、いかんせん、もう京都ボロボロ。禁門の変をきっかけに、こうも荒廃した京都ではダメだろう。人口が多くて、大して焼けなかった江戸が良い、と東京になったんですね。

禁門の変さえなければ、今頃ここは首都「大京都」だったに違いないと思うと悔しくてなりません。

だから御所に向けて大砲を打った長州のみならず、京都で戦争を起こして焼野原にしてしまった幕末の志士及び新撰組、薩摩・会津衆も責任がある。以後、京都人に蛇蝎のごとく嫌われるわけです。

京都蛤御門の変 禁門の変
逃げ惑う京都の人々

だからこの蛤御門の変を京都人が先の戦争と言わず、そのはるか昔の「応仁の乱」だとギャグを飛ばすのはよほどのことだったんです。(ものすごく怒っていることをあからさまにダイレクトに表現しないのが京都人)

第二次大戦はそう燃えなかった。(一部空襲はあったようです)この禁門の変こそが京都の近年!の最大の大災害だったのです。

京都人が排他的で他府県人に容易に心を開かないのは、そういう歴史の経緯を経てのことです。ヨソサン=武蔵の東人やら薩摩の毛深い武士や長州のイキがった思想テロ若い衆が切ったりハッタリ燃やしたりともうむちゃくちゃ京都でやってたわけですから…。

※ちなみに、京都に陛下が戻ってくると本気で信じている京都人は多い。それはギャグではありませんので、突っ込んではなりません。

薩摩と西郷隆盛の活躍!しかし京都にとっては大災難

京都にとっては大災害ですが

西郷どんにとっては初陣であり(その後も薩摩は激しい戦いに駆り出されるのです。)ドラマの最初の盛り上がりともいえます。

幕末の西郷隆盛の闘いの似顔絵(にがおえ)

薩長と会津がこの京都を暴れまくり、当時、山鉾が喪失し、市民が焼け出されたりして、祇園祭は中止せざるを得なかったわけですが

そうした歴史を経てもなお、京都の祇園祭の熱量は素晴らしく

祇園祭 山鉾

この暑さの中でも後祭りが行われております。38度の熱風の中お囃子が聞こえてきて、目から滲んでくるのが涙なのか汗なのか分からなくなるくらい暑いです。熱いです。

この素晴らしい祭りが永続しますようにと祈りが湧きます。

熱中症には気を付けよう…まじ、うん。