美術とお金を特集している週刊誌

今週の週刊ダイヤモンド

週刊ダイヤモンド「美術とおカネ全解剖」

「美術とおカネ全解剖」

というのがあったから面白いなら買おうと立ち読みしたんですが

やめました。

目をざっと通してみたけれど…

けっこう詳しくめくって(←そこまでするなら買えよってw)カンタンに現代美術までの歴史が触れてあるんですが(そういう意味では美術入門として買う価値がある)

彼等の言うアートって草間彌生さんや村上隆さんまでくらいなんですよね。

この二人のアートシーンでの役割や重要性、水準の高さって動かしがたいものがあるんですが

若い人からしたら

それ違うよ

と言いたくなるんじゃないでしょうか

扱っているアートの概念と市場が古い

つうか、この手の雑誌は高齢者の文脈、中高年以降向きなんだなあ、と絶望しかけた。私は47歳なので、まさに中高年なんですが。

マスコミさんの言うアートってまさに

美術館や画廊に飾れるかどうか

まさにこの基準でアートを振り分けているわけです。

美術館、つまりハコもの ありき

で語っている記事だらけで今や、お金と時間のありあまった中高年だけが大挙して押し寄せああだこうだアーティスト面して語っているわけです。

美術展なんて行ってごらんなさいな。高齢者ばっっっかりです。いや、高齢者が絵を見るのがアカンって訳ではなくて

イキのいい若い人はもう美術館や画廊にさほど興味ないんじゃないかって。

いまや美術館はモッさいメディアなんじゃないかと

今はよほど観たい企画じゃないと美術館博物館ギャラリーに行かない。

お上手なお遊戯みたいな●●展を高齢者が開いているのを見ていると時間の無駄だと考えてしまう。

現在のアーティストはCGやネットが欠かせない

絵を描くのが好きな人は漫画やアニメを買うしゲームクリエイターを目指すし

マグマが沸々と湧いている人は、路上でライブペイントして売ったりしているので

インターネットには才能のある人の素晴らしいフォルムがTwitterをはじめ、ガンガン流れてくるので。

私は一応大学では美術史をやって、キュレーター(学芸員)資格もあるんですが美術=アートの基準ってほんとバカバカしいんです。

いっとき 美術館の客の入りが悪くて バブル後はアート的に価値があるかどうではなく「客が入るかどうか」で企画を立てています。しょうがないです。美術館は福祉会館ではないのですから。

いつも「なになに派」が来ては通りすぎる

美術史の流れってギャグみたいなんですよ。

何々派 これこれ派っていうのが浮いては消え、そしてまたそれらのアンチテーゼとして湧き上がり

例えば今日本人が崇めている印象派ってかつては退廃的でアカンもので燃やされたんだとか。かと思えば戦後はバカバカしいほどの億単位で価格がついて投資対象になるとか。

アートであるかアートでないかなんて、誰かエライ人が決めていてその基準にそって作品を作って発表していたら認めてもらえると考えている人がいまだいるけど

その基準はいまやものすごい勢いで動いてかつての価値観のボーダーはどんどん陳腐化しています。

アートでどうやってお金をかせぐ?

この雑誌の記事のひとつに

美術でどう飯を食っていくか?

のがあって

美術大学を行く人のみならず、ものすごく重要なテーマなんですね。

で、今のネット環境の発表のしやすさは、かつてないほどのチャンスがあり画廊や美術館に頼らなくてもいいのです。

昔は売れない画家がギャラリーに持ち込んで、展示費用をバイトでねん出してギャラリストやキュレーターに認めてもらうっていう図式(もあるかもしれない)を希望する人はいるのでしょうか?

描きたけりゃ描いて、とっととネットに流して

魅力がある絵は拡散

バズって、そして出版化とかするじゃないですか。

※反対にいくら上手くても魅力がなければ一切相手にされず埋もれてしまうのがネットの怖いところ、残酷なところです。はい。覚えがあります。

トラディショナルな上手さが売れる要素ではない

まあ、飛び抜けてメチャクチャ上手い人はもちろん人気が

出るわけですが

すごいのが、明らかに美術大学でアカデミックなデッサンをしている感じの人が人気が出るとかじゃなくて

どう見ても絵など描いてこなかっただろう主婦の人の

稚拙だけど温かいものが売れていく現状もあるわけです。

私の一番のコンプレックス(絵が古い)をやすやすと超えてしまうそういった人には嫉妬する前に、ああこれはかなわんわ、と呟くしかないのですw

似顔絵については一切触れていないアート特集

この週刊ダイヤモンドという雑誌「美術とおカネ全解剖」には

アート=美術館・ギャラリー

のみの価値観・世界観であり

一番の活発なアートシーンの漫画・コミック CG アニメには触れられていません。

そして、もっとも絵を描いて食べていく、一番(てっとり早い)世界である

似顔絵には一切触れられていないです。

美術界にとってはアートではないんでしょうなあ、、、、。

芸術や絵画のはじまりは似顔絵だった

しかし、かつてのルネサンス画家たちの仕事はまさに、

肖像画(似顔絵)からはじまったことを忘れてはいけません。

フェルメール

似顔絵はCtoCである。

CtoCとは、C2Cとは、Consumer to Consumerの略で、一般消費者(Consumer)間で行われる取引のことです。フリーマーケットやネットオークションなどがその一例

CtoCとは?(C2Cとは?)

現在の肖像画アート市場の特徴

インターネットの発達で、はじめてCtoCでの絵の売買が可能になったわけです。だからこそ従来のマーケットであるギャラリーアートからは無視されがちです。

美術アートは本来、ギャラリストやマスコミ、キュレーターを通して、価値観が決められ、市場に出ていたのです。

しかし、消費者間の取引の場合、そういった権威者はいず、消費者の好みや層により

価格や価値やムーヴメントが決まる。

その流動のスピードは激しすぎます。

似顔絵は、学歴不問技術不問、あまりに参入しやすい業界であり、玉石混交すぎて色んな人が出ては消え、ありとあらゆる手法が試されて

見ていると、相当にスリリングな世界です。(←他人事みたいですが。私は主流じゃないんでw)

作家であるかアーティストであるかどうかの境界

ただ、そうした傾向

消費者優先のあまり、商業的になり、

似顔絵がアートなのかどうなのか、という命題は

作家による

としかいいようがないでしょう。

買う方もアートだと思ってお買い上げされる人もいれば、そうでない方もいる訳だし。

ほんと、作家と顧客によって価値観は流動します。

この人はまさに似顔絵アート作家だという人はいはるし(そういう方に出会える人は幸せでしょう)そういう世界での発信を続けておられる方々には尊敬の念しかありません。

私は作家であるかといえばすいません、名乗るのは辛いところがあります。実は、自分がアーティストと思ったことは一度もなくて、この先もなることはないと確信しています。

私はアーティストではないと断言できる

私は似顔絵を究極のサービス業だと考えていて、もう必死で描いているという状態です。(なんてことを書いたらますますバカにされそうですが、嘘をついてもしょうがありません)

私は、ひたすらお客様に感情移入するのが好きである。絵を通して、そういった接客をするのが仕事であり、そういう描き手がいてもいいだろうと。

絵を描くこと、レジを打つこと、店頭で他のものを売ること、が実は私の中ではまったく一緒なので、本当のアーティストの人からは腹立たしいオバサンだと思われているだろうなあw

現代の似顔絵市場は発展途上

つまり

この今週の週刊ダイヤモンドの特集は

一番活気のありそうなアートの市場はスルーされているもんなんだなあ

といいうことを言いたかったのでした。

5年もしたら特集を組まれるかもしれませんが。

CtoC 消費者間取引上のマーケットなので、権威あるアートとして認識されるのは、もっと先になるでしょう。

また業界のアートマーケットへの文脈を発信する土壌が未成熟なのでしょうか?アメリカでは似顔絵は一ジャンルとして確立しているので。日本は似顔絵より、コミックアニメ・ゲームのマーケットがまず非常にモンスター的に発達しているという現状もあります。

お偉いさんにその市場を認識してもらうには

▼ちょっと身も蓋もないシビアな意見を述べます。

賛否両論あるでしょうが、私の意見です。

現実の経済上で非常にお金が動いている業界なのに

レベルの高い人気作家が続々登場している世界なのに

なかなか似顔絵=アートとして経済界その他が認めない現実の一番の理由は

当事者がいまだ文脈を持たない

というそのことに尽きると考えています。

似顔絵が芸術はかどうか決めるのは作家でも販売者でも顧客でもありません。

文脈とはなにか。そのまま、コンテキスト、つまりは論文。

専門家の書く論文です。その専門家とは誰か。美術評論家・美術史家です。(私は残念ながら画家ではないと考えています)

彼等が魅力のあるもの権威あるものとして取り上げ大勢に認知できる文脈を提示しプレゼンしてはじめて似顔絵がアートの一ジャンルとして認知されていくのではないかと。

そして、博士号、学位がなければ話になりません。学会で発表できないからです。嫌な言い方ですが。所詮は学歴・権威かよっ!って。

博士号を持つ研究者が論文を書いて学会で認められてはじめて芸術なんタラとかアートなんタラとかいう雑誌やこういったプレジデントやらに載るのではないか。

ギャラリーと美術館などのハコものから脱却する価値観を提示できるのではないか。

美術評論の世界は、そのジャンルに最初に手を付けたもの勝ちです。

今や巨大マーケットであるモダンアートですが現代美術の大家である専門家たちも、十数年前はかつてはあんな下らないアートなんてと言われながら評論と論文を書き発表し文脈づけに最初に着手しました。

それが先行研究となり、当時、誰一人としていなかった現代美術の評論は彼等が大家となり大きな学会をリードし、美術館の高度なキュレーターとして活躍しています。

これを読んでいる人で、もし、若さに余裕があれば研究してぜひ博士号と取って論文を書いて似顔絵業界の先行研究者として利権を獲得なさればいいのではないでしょうか。

まだほとんど誰もいないのではないでしょうか。アメリカではいるだろう。その場合は先行研究として、その英文を読んで踏まえて書く必要がある。チャンスです。大学院に入り直してサクっとそれで博士号を取れば先行専門家の出来上がりです。卒業後はどこかにポストも出来るかもしれません。(それまでの道が強烈な地獄ですが…)

ファッションの美学美術史も体系づけてそれで研究している群がいるからこそです。そうでなければ、ただの「オシャレ」にすぎません。

ハンドクラフト市場も激しく熱い!

似顔絵に限らず、ハンクラ(ハンドメイドクラフト)もそうですよね。

これはすごい!という高額価格のついたまさにアートな作品もあれば 多少稚拙でも数百円で大人気になる可愛いものもあるわけです。手芸分野も立派なアート社会です。

オカンアートの専門研究家の方の本もこないだ見たんですが。作っている人も自分が芸術・アートを作っているという自負のある人もいれば

ただこずかいを稼ぎたいという人もいるわけです。面白い現象ですが後者のような軽い気持ちの創作でも、上手になったら前者を超える価値が付加される場合がある。

どちらが良い悪い ということではなく、これが活気のあるマーケットだということ。そのうち、外国語の壁もなくなるでしょう。

動機やモチベーションはどうでもいいのではないか。飽きたら辞めたっていいわけです。

あの手作りミンネとかすごいです。

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その作家の世界観が爆発していている!

あれもこれも欲しくなるし、果ては作家さんのキャラクターにも興味が出てきて、ブログを探し出して徹夜で遡って読んで、勝手にファンになったりします。

私は、メルカリが好きで良く見たり出品したりしますが、あそこもほんと面白いですね。メルカリの変な出品の画像を並べて美術館に展示したら面白いんじゃないかと妄想します。

メルカリ 面白い&ヤバすぎる 出品物 随時追加

市井の似顔絵市場の特集を雑誌が組む時代が待たれます(その前に雑誌・紙のメディア自体が崩壊するかもしれませんが)

なぜ美術展は大行列かガラガラの両極端なのか